• ラーメン

  • 《ますたに》の名を知らない者は、流石にいないだろう。創業1947年、銀閣寺近くに本店を構える京都最古参の老舗であり背脂チャッチャ系(あるいは左京区系)の元祖だ。
    では、同じく1947年の創業とされる《味の店 十番》を知っている人はどれだけいるだろうか?
    勿論、京都市内で現在も営業しているラーメン屋……なのだが、ネットにも雑誌にも殆ど情報がない。twitter(現・X)で【京都】【ラーメン】【十番】で検索しても《新福菜館 麻布十番店》しか出て来ない。実際、斜向かいの有名店《煮干しそば 藍》を訪店してなければ存在に気付かなかっただろうし、その藍にフラれてなければ「十番」とのみ書かれたテントを潜ることもなかっただろう。壁に埋め込んだ「ラーメン」の看板に、ここが麺屋であることを物語らせる鄙びた店構え。そんな中、窓に貼られた手描きの「昭和二十二年創業」が《十番》のアイデンティティをさりげなく、しかし確かに主張している。
    老店主に通された店内にカウンターはなく、テーブルの三席のみ。先客と思しき老人が奥の席におり、向こうでブラウン管(!)のテレビがお昼のワイドショーを垂れ流している。その対面には電気ポットやら雑誌やら日用品やらを積んだプライベート感満載のテーブル。何とも言えない、居心地の悪い生活感だ。
    程なくして着丼。運んできた老店主は厨房に戻……らず、奥のテーブルに着いて先客の老人との雑談に興じ始めた。
    先客、ラーメン喰いに来たんやないんかい!? いや、店主にとっては来客(ゲスト)であることに変わりはないのか。いよいよ他人の家の食卓で飯を食べている気分になってきた。
    ……唖然としていてもラーメンが伸びるだけだ、と啜った麺はすでに柔らかかった。デフォで柔めな所は、去年閉店した二条城近くの《ちえぞう》を彷彿とさせる。概ね左京区系の特徴を備えたラーメンだが、スープは癖も背脂も控えめ。かと言ってコクや旨味がないわけではなく、これぞ昔ながら&普通のラーメンといった風情を感じる。激流の如き変化と淘汰を繰り返すメインストリームから外れた場所でひっそりと、地域に根差した営みをしてきたからこそ、令和の今まで保つことが出来た一杯と言えよう。たまにはこういう体験も悪くはない。居心地の悪さもまた異文化の愉しみだ。
    なお、ラーメン一杯630円。今や700円台でも安いと感じる時代なのだから激安と言っても過言ではない。小唐揚げとライスのセットにしても800円である。安い。